意思決定における関係者が多くタッチポイントが複雑化しているBtoBマーケティングにおいて、カスタマージャーニーマップは有効なツールです。本記事では、BtoBのカスタマージャーニーマップの作り方をわかりやすく解説します。また、ありがちな失敗を防ぐコツも合わせて紹介します。
BtoB企業がカスタマージャーニーマップを作成するメリット
カスタマージャーニーマップは、顧客の購買行動についての解像度を高めることで、マーケティングや営業戦略の成功につなげることが目的です。BtoB企業の場合、取引先の傾向は理解していると思いがちですが、顧客視点に立って購買行動を整理するとあらためて気づく課題もあります。
まずはBtoB企業がカスタマージャーニーマップを作成するメリットを見ていきましょう。
顧客体験の向上
継続的な取引によって収益性を高めるSaaS企業を筆頭に、自社のポジションを確立するためのキーワードとして重視されているのが顧客体験の向上です。カスタマージャーニーマップを作成することで、それぞれのタッチポイントにおける顧客とのより良い関わり方を検討しやすくなります。
また、BtoBの場合、マーケティング・営業・カスタマーサクセスなど複数の部門が各タッチポイントにおいて顧客接点を持つケースが少なくありません。しかし、顧客からすると分断なく続く一連の流れが“体験”であるため、顧客体験の向上を図るには部門間の連携がシームレスにできていることも重要なポイントとなります。
カスタマージャーニーマップを活用することで、部門ごとの課題抽出だけでは見逃しがちな顧客体験における問題点も発見しやすくなるというメリットがあります。
施策の精度を向上
BtoBでは決裁ルートに複数の担当者が関わるケースが多く、BtoCに比べると購買までの検討期間が長い傾向があります。くわえて、比較検討フェーズにおける選択基準や優先事項は各顧客の事情によって異なる場合がほとんどであり、施策の方向性や優先順位を定めにくくなっていることが少なくありません。こうした状況にある中でMAなどのツールを導入しても、顧客ごとに最適化された施策を打つことは難しいでしょう。
そのため、まずはカスタマージャーニーマップを作成し、顧客についての理解を深めることが先決といえるのです。自社が取り組むべき課題と優先度が明確になることでPDCAをうまく回せるようになり、施策の精度が向上していきます。
社内の共通認識を醸成
BtoB企業では、企画開発、UI/UXデザイン、営業、マーケティングなど複数の担当者が関わりながら商品・サービスを提供しているケースが多くなります。各担当者の認識にズレがあると、一貫したプロダクト戦略を実行することができず、顧客への提供価値が下がってしまうことが懸念されます。
カスタマージャーニーマップはこうした組織間の認識の齟齬を防ぎ、社内の共通認識をスピーディかつ効率的に醸成する上でも役立ちます。
BtoBのカスタマージャーニーマップの作り方
BtoBカスタマージャーニーマップの基本となる型は、横軸に顧客の購買行動を時系列で並べ、縦軸に各フェーズにおける顧客の行動、そのときの感情・思考、タッチポイント、自社の課題と解決策を整理するレイアウトです。
とくに決まったルールはないため、自社が使いやすいようにカスタマイズすればよいでしょう。ここでは基本の型をもとにして、カスタマージャーニーマップを作成する手順を6つのステップに分けて見ていきます。
ステップ1:目的を設定
まず、カスタマージャーニーマップを作成する目的を決めます。多く挙げられるのは、売上拡大や継続率の向上、新規顧客開拓、プロダクトの開発・改善に際しての優先順位付けなどがあります。
たとえば、商品・サービスの継続率向上を目的とした場合、購買後の行動に重点を置いて作成する必要があります。このように、目的によってマップに盛り込むべき要素が変わるため、はじめに明確にしておく必要があります。
ステップ2:ペルソナを設定
BtoBのペルソナは、ターゲットとする企業の典型的なモデルを設定します。取引先の中で売上の上位を占める企業や今後注力していきたい企業の中から、サンプルを選ぶという方法もあります。
また、BtoBの場合はキーパーソンが複数存在することが多くなります。ペルソナの設定では、意思決定に関わる人または自社との接点が多く購入決定のフックになっている担当者というように、自社への影響力を鑑みて選定するとよいでしょう。
キーパーソンが不明瞭あるいは複雑な組織構造になっている場合は、はじめにステークホルダーの関係図を作成しておくとスムーズに進めやすくなります。
以下に、BtoBのペルソナで明らかにしておきたい要素の例を挙げるので参考にしてください。
例)
企業 | キーパーソンの属性 |
・業種 ・事業内容 ・所在地 ・従業員規模 ・売上規模 ・経営理念 ・組織風土 ・ビジネス上の課題 |
・年齢 ・性別 ・所属部署 ・年次 ・役職 ・権限 ・業務内容 ・部署または個人のミッション ・情報収集手段 ・業務上の課題 |
ステップ3:顧客の購買行動を時系列に整理
商品の認知から購買後まで、顧客がどのように行動するのかを時系列に整理します。BtoBの場合、組織または担当者が抱える課題・悩みが背景にあり、それを解決するために次の行動をとるという流れが多いと考えられます。そのため、ペルソナが抱える課題・悩みを起点にすると、整理しやすくなります。
以下に、一般的に多く用いられている購買行動のフェーズの例を挙げます。どの程度の粒度まで細かくするかは、カスタマージャーニーマップを作成する目的と照らし合わせながら検討しましょう。
例)
フェーズ | 顧客が抱える課題 | 顧客の行動 |
認知 | 課題が顕在化 | 広告やウェビナー、展示会、紹介などで認知する |
情報収集 | 解決方法を具体的に知りたい | Webや同業者などから情報を集める |
比較検討 | 自社に最適な解決方法を見つけたい | 候補となる商品・サービスを複数並べて特徴や優劣を比べる |
意思決定 | 購入にあたって問題点はないか | 商談や問い合わせを通じて懸念点を解消する |
稟議・承認 | 稟議を通すために必要な情報がほしい | 稟議書を作成して承認を得る |
購入 | 契約にあたって問題点はないか | 契約内容を確認して購入する |
利用・評価 | 購入前に想定していた効果・メリットが得られているか | 商品・サービスを導入し、利用状況や利用者の評価を確認する |
契約継続 | 契約を継続すべきか | 利用が定着したため契約を継続する |
顧客がとる行動は、企業の組織風土や意思決定プロセス、担当者のパーソナリティなどによっても変わるため、ペルソナをもとに整理することがポイントです。ここで整理した購買行動をもとに自社の課題抽出や施策の方向性を検討することになるため、想像や思い込みで作成せずに、できるだけ実態に即した内容にすることが重要です。
顧客の購買行動がイメージできないという場合は、ペルソナ像に近い取引先に協力をお願いして、インタビュー調査やアンケート調査で情報を集めるという方法があります。
ステップ4:顧客の感情・思考を整理
ステップ3で整理した顧客の購買行動のフェーズごとに、そのときに抱いている顧客の感情や思考を書き入れていきます。
たとえば、部門間の連携ができていないために顧客フォローが散漫になっているという課題を解消したいケースでは、「候補になりそうなITツールを検討する際に種類が多すぎて困る」といった感情を抱くこともあるでしょう。このように具体的なシーンを想定しながら顧客の感情・思考を整理することで、自社がどのタイミングでどういった提案をすればよいのか、施策の方向性が具体的になります。
ただし、ここでも自社の思い込みや願望で作ってしまうと実態と乖離してしまうため注意しなければなりません。誰が見ても違和感がなくリアリティを感じられる状態が理想ですが、とはいえ汎用的になりすぎると、マップを作成したものの新たな気づき・発見を得られないという失敗をしてしまうことがあります。
事前にアンケートやSNSなどから顧客の声を集めたり、ITツールに蓄積されている情報を活用したりするなどして客観性を保てるように工夫しましょう。
ステップ5:タッチポイントを整理
顧客の購買行動と感情・思考を整理したら、タッチポイントと担当部門を整理します。
BtoB企業の場合、オンライン・オフライン含めて、複数の部署が様々な手段で接点を作っているケースが多くなっています。たとえば、マーケティング部門では経営者向け・担当者向けなどに分けて様々なテーマでコンテンツを配信したり、ウェビナーを開催したりすることもあるでしょう。
また、営業部門は展示会や商談での接点があり、購入後の問い合わせ対応はカスタマーサポート部門、オンボーディングはカスタマーサクセス部門というようにタッチポイントの数が多く、複雑になっているのがBtoB企業に多く見られる傾向です。
そのため、カスタマージャーニーマップを次の施策に活かせるようにするには、それぞれのタッチポイントが顧客の行動や感情・思考にどれくらい影響を与えているか、ポジティブな変化をもたらしているかを念頭に置きながら整理することがポイントになります。
ステップ6:課題抽出と施策の検討
ステップ5までの枠を埋めたら、各フェーズにおける自社の課題を洗い出して解決するための施策を検討します。たとえば、「ツールの種類が多すぎて選べないという悩みを抱えている顧客に対して情報提供ができていない」という課題が明らかになったなら、各ツールの特徴をわかりやすくまとめた資料を提供するといった施策が考えられるでしょう。
顧客の課題・悩みを解消することに加え、顧客が「期待以上」「あったら嬉しい」と感じられるようなアイデアを出すことができれば、他社との差別化が図られ、顧客体験の向上につながります。たくさんの施策やアイデアが出た場合は、売上への影響度や顧客満足度における重要度などの観点から優先順位をつけるとよいでしょう。
カスタマージャーニーマップの失敗を防ぐコツ
時間と手間をかけてカスタマージャーニーマップを作成したものの、有効活用できていないという失敗例も少なくありません。ここでは、失敗を防ぐためのコツを3つ紹介します。
他部門と協力しながら作成する
BtoB企業は複数の部門が顧客接点を持つため、カスタマージャーニーマップの精度を上げるためには他部門と協力しながら作成することが大切です。部門横断のチームを作って取り組むのも一案です。関係者全員で作成することで、視点の偏りを回避するとともに、共通認識を醸成しやすくなるというメリットも得られます。
顧客視点で作成する
カスタマージャーニーマップを作成していると、どうしても自社視点になってしまいがちです。こうした状態にならないようにするためには客観的なデータや顧客の声、実態調査などの情報を揃えてから作成することをおすすめします。
また、顧客視点から行動や感情・思考を整理する上では「共感マップ」のフレームワークを活用すると便利です。共感マップは、次の6つの要素からペルソナの解像度を高める方法です。
- Think and Feel:どんなことを考えているか、どう感じているか
- Say and Do:どんな発言をしているか、どう行動をしているか
- Hear:どんなことを聞いているか、誰の意見を参考にしているか
- See:どんなものを目にしているか、何を見ているか
- Pain:どんなことを苦痛やストレスに感じているか、どんな不満や懸念があるか
- Gain:何を得られるのか、達成したいことは何か
共感マップを作成する際も、事前リサーチなどで得た情報を参考にすることがポイントです。また、チームで取り組むなど複数名の視点から作ることで、主観による偏りを防ぎやすくなります。
詳細に作り込みすぎない
リアリティを意識するあまりにペルソナやマップを詳細に作り込みすぎてしまうと、逆にターゲットが限定的になったり、施策が狭まったりしてしまうことがあるため注意が必要です。自社の課題抽出や施策検討に必要な粒度になるよう意識することも、使い勝手のよいカスタマージャーニーマップを作成するポイントです。
ブラッシュアップを続ける
カスタマージャーニーマップを作成したら、これをもとにPDCAを回していくことが一つの理想形です。しかし、施策の実行と改善を繰り返していくうちに、成果が伸び悩んだり手詰まりになったりするタイミングもあります。
カスタマージャーニーマップのブラッシュアップを続けていくことで、新しい気づきを得られたりアイデアが生まれたりする可能性があります。常に顧客起点での事業活動ができるようにするためにも、定期的に見直すようにしましょう。
タッチポイントが複雑化しているBtoB企業こそ有効活用を
顧客体験の向上を経営課題の一つに挙げる企業が増える中で、カスタマージャーニーマップはこれを実現するための有効なツールとして取り入れられるケースが多くなりました。もともとはBtoC企業において多く活用されてきましたが、ステークホルダーが多くタッチポイントが複雑化しているBtoB企業においても効果的なツールとして認知が広がっています。質の高いカスタマージャーニーマップの作成に本記事が役立てば幸いです。